
メンタルヘルスではラインケアが大事
川上 最近、私はラインケアが大事だとお話させていただいています。
中川 ラインケアですか?
川上 職場のメンタルヘルスには、個人のセルフケアと職場のラインケアを含む4つのケアがあります。セルフケアは気分転換、体調管理など自分で行うケアです。ラインケアは、職場のケアになります。大事なのは職場や会社の組織で行うラインケア。上司が早めに気が付くことや、配置転換することもラインケアですし、復帰のサポートも職場の協力が必要です。3つ目は事業場内の産業保健スタッフによるケアのことです。4つ目が、精神科やリワークなどの事業場外のスタッフによるケアです。そのような4つの体制でケアをするのが大切です。
中川 その産業医の役割は、事業主の、3つ目だということですね。
川上 そうですね。この4つがしっかりあることが重要です。一般的には4つ目の存在は知られていて、3つ目がなかなか知られません。
中川 2つ目も難しいですね。1つ目のセルフケアはなんとなくできます。
川上 実は2つ目のラインケアが本当に重要ですね。職場の環境調整や、現場にいる上司が早めに気が付いてあげられるとか、パワハラな上司がいても、解決には職場のラインの協力が必要になります。
三邊 難しいですね。しかし、そこを3から2に落とし込むというか、3の人たちが、2の重要性を社内でお伝えするというのは良いと思います。
中川 そうして2をもう少しきちんと大きくしてもらうということですね。
三邊 実例としては、以前担当していた会社で、30人毎の部署で鬱病を発症して、長期なり短期なり休職となった事例があります。その中には役員の方もいて、会社がこれではいけないと産業医である私にやっと相談していただいてわかったという事例です。やはりそういった状況になりかねない状況を周りが先に察知していて、産業医に相談してくれていたら、もしかしたら休まないで良かったかもしれませんし、退職などにならなかったかもしれません。
川上 それはやはり会社にとっても大きな損失ですよね。しかし会社はそのくらいの状況になるまで動きが悪いですね。少し予防医学と似ているのかもしれません。
中川 そうですね。僕の分野ですね笑。どの部分でも未然に防ぐという、フェイルセーフは大事です。
川上 しっかりと予測して、防げる対策を講じていく。
三邊 必ず何かしらのシグナルは出ていますので、早めに気が付いて、気が付いた時点で上司がカウンセラーや産業医に繋げていく必要がありますし、その流れをしっかりと作る必要があります。産業医側としても尽力しなければなりません。
中川 例えば、ITとかベンチャーだとかは、事業形態として、スピード感を重視しており、人の精神なんかとやかく言っている暇はない。というイメージがあるのですがいかがですか。
川上 ITベンチャーに限った話ではないですが、やはり人間は無理をしすぎると負荷は必ずどこかにくるのです。しかし仕事だから、業務があるからと、どんどん無理をすると負荷は掛かっているのです。
三邊 あと、少しそれますが、処理できない仕事を受けてしまってパンクするという事例は多いですね。会社のキャパシティ以上の業務を業績を稼ぎたいために引き受けてしまいます。そうなれば、負荷が大きくかかってきて、次第に処理できなくなり、誰かが休まざるを得なくなり、またそこから人材が減ってしまうという悪循環が起きるのです。
川上 仕事をするうえで、頑張るのはもちろん大切なことですが、仕事と、「こころと身体のバランス」を個人でも意識することが、個人にも会社にもプラスになります。
産業医の成り立ち
中川 産業医の設置は50人以上の事業場で必須となりますが。どのような経緯でルールが整備されたのでしょう。
川上 太平洋戦争以前だったと思います。旧工場法で工場医が規定されて、そして戦後に制定された労働基準法で、衛生管理者を医師が行うと規定されたのです。その後、労働安全衛生法で産業医が規定されたというのが流れのはずです。ですからもともとは、工業労働者の傷病治癒と感染症予防、職業病、例えば、白ろう病とか、そういった労働災害の考え方からきています。
中川 なるほど、その後、健康診断を実施した上での健康管理や衛生管理という流れで産業保健対策が発展して労働衛生が制度化されていったということなのでしょうか。
三邊 それが、今の企業では労働災害は着実に減っています。職場巡視など、少し現代の企業では必要のない項目が残っています。昔は工場を職場巡視していたので。しかし現代の会社で、昔の工場のような危険な箇所はあまりないですからね。照度のチェックも基準なのですが、この照度がどの値でも、だから何だというところがあります。従って僕は、もしかしたら産業医の関わり方や診断する内容は、時代に合わせて変えて行くべきだと思っているのです。
中川 産業医って医師の30%くらいは資格として持っています。しかしあまり表に出てきません。どうしてなのでしょうか。
三邊 やはり企業とのつながりの部分だと思います。
中川 実際に50人以上で産業医を必要としている企業は10万社以上あるわけです。私たち、産業医ラボ.comとして産業医を設置したほうが良いと思っている従業員10人以上の企業は100万社あるのです。
三邊 企業にアクセスする方法が産業医には分からないし、資格を取ったとしても産業医の業務を自分一人でこなす自信はない場合が多いです。ですから、どこかに属したいしアドバイスが欲しいと思っていると、そのまま5年の資格が失効してしまいます。それに加え、一般企業も産業医にアクセスできる環境がありません。
川上 そうですね、産業医と企業をきちんと繋げるシステムが充実していなかったということはあるのかもしれません。そのために相互の理解が足りずに会社側からも産業医を雇ったのだが「なんだ、形ばかりだ」と思っているところもあったのかもしれません。ですから、きちんと会社と産業医のラインを作っているということは意味があるのですね。
三邊 国の方針として産業医を増やそうとしているのかは難しいところです。産業医が企業に入ることで未病に繋がるはずですので、増やす意味はあるとは思っています。メンタルと未病にフォーカスすれば、今までの安全衛生委員会に出席することが、月1回のルーティンということよりも、もっと、今日はみんなで集まって痩せる体操をしましょうとか、カロリーや食事の話をするだとか、そういうことを産業医がやるべきことで意味があるのかも知れません。
中川 先生は産業医活動において、そういった未病にフォーカスするような活動はされていますか。
三邊 実際に産業医として訪問する企業で総務の人と話をしていると、産業医の人に何をしてもらうかというところから話が始まるのです。一般的に企業の考え方が、義務だとしか産業医を見ていません。
安全委員会に出てもらいましょう。そして、余った時間で、長時間労働者のメンタル面を診るために、面談をしてもらいましょう、という考えしか、現状企業側にありません。しかしそれではダメだと思うのです。
ですから産業医側から、企業に適した産業医活動内容を、提案していくというのも必要です。例えば、安全委員会は、今日は少し早めに終わらせましょう。30分で終わらせて、30分はアクティブな健康に関する取り組みを行いましょうなどと呼びかけます。
アクティブラーニングの事例ではないですが、既存の健康講話とは違った、健康トレーニング方法の実践や、健康診断書の見方についての説明、健康診断の受診率を上げる取り組み。他にも、来年の目標を立ててもらい、社員が健康に痩せるような会社全体の取り組みや、健診率をあげる、有病率を下げるなど、それが企業にプラスになるか短期的には分かりませんが、長期で見て従業員に対して意味のあるものを会社側からしっかり提供することが可能です。
よく考えてみてください。同じ産業医のお金払って、ただ安全委員会に参加してもらって、ただ座って、「何かありますか」、「いや、ないです」というものと、目標のようなものを立てて、企業の健康価値、イコール企業価値を上げていく。そのほうがよっぽど意味があります。
中川 先生は、産業医としてかなりの負担になりませんか。
川上 自分だけでやろうとすると大変なことかもしれませんが、やはり、産業医として会社にいる以上、その会社に対して意味のあることをやりたいと思いますし、良い方法があればどんどん活用していただきたいです。職場の人たちの健康意識を触発するというお手伝いを少しでもしたいですね。
三邊 なるほど、私もそうですね。
中川 そういうところを、弊社が先生と企業との架け橋になるということですね。
今日から職場でできるメンタルチェック
中川 最後に、職場でできるメンタルチェックや予防方法について伺いたいのですが。
三邊 本当に体を動かして気分転換とか、ストレス緩和とか。リラックスをするということが大切です。僕はやはり臨床現場にいますので、人間関係でストレスを多く抱えてしまうことがあります。人間関係のストレスは極論で言ったら解消しないことが多いのですが、気分転換に他の人といろいろな会話をします。
川上 そうでうすね、先生、それは大事なことです。第三者に話すだけでも良いと言われています。話しをしてストレスを解消してもらうことも、産業保健スタッフの意義だと思っています。面談やカウンセリングを行うことで、職場の人にはなかなか言えない話を誰かに話すことで、気持ちがワンクッション柔らかくなります。職場に私の方から何か言いましょうかと提案すると、「いや、話を聞いてもらえただけですっきりしました」と言われることは多くあります。ストレスを感じた時に他の人に話すと、自分の気持ちの整理がつくこともあります。あとは笑うこと。産業保険医の先生なのですが、笑うといいですとか、そういう話があったりしますね。
三邊 その話は聞いたことがありますね。ストレスが減るかはわかりませんが。でも吉本の研究でもやっていましたね。笑う人と笑わない人で、なにか変わるというのがありました。癌だったかな。笑う方がいいのかな。
川上 アニマル浜口さんも提唱しています。
三邊 アニマル浜口さんが提唱しているのですか。確かに、笑っていたら良いですよね。
中川 怒っていたり、塞ぎ込んでいたりするよりは、当然良いですからね。
川上 そういう意味では、顔のストレッチとか、「アイウエオー」って言うことや、そういうのも良いのかも知れません。
三邊 これといった解消法って難しいですね。それぞれに方法はあります。人とコミュニケーションを取ることが少し苦手な人は、話すこともまたストレスになります。
中川 勿論それは当然人それぞれですが、いかがですか。
三邊 しかし3歩歩いたら忘れそうですよね。
中川 僕ですか。あまりストレスは感じないです。というか感じても、3歩で忘れます。それですね。僕の場合は、ストレスを感じたら美しいものや癒されるものを見るだとかはあります。犬の写真を見るとか。
川上 それが、ある人とない人がいる。
三邊 家族と会うとかもいいのではないですか。子どもと遊ぶ。やはり、ストレスの対処法を自分で分からない人が多いかもしれないので、ストレスの対処法を一緒に見つけましょうという啓蒙も大事かもしれません。
川上 勿論、それぞれ違うのでが、誰にでも何かあるのかもしれませんね。あるのだけれど、それがぱっと分からないっていう。
中川 それは産業医やカウンセラーと一緒にカウンセリングを通して探していくということですね。
三邊 そうですね。ただもう少し簡単な方法でも良いのかもしれません。友達といろいろなことを話すだとか。一緒に見つけることが良いのかもしれません。当然、困ったら、お手伝いはできます。
川上 体を動かす人もいれば、歌うことが大好きという人もいると思います。それも頑張りすぎない程度に。ランニングが趣味なのはいいけれど、何が何でも毎日走ろうとして、かえってストレスを溜めてしまわないようにすることも大切です。
三邊 今の時代は、それこそ飲みニケーションも、必ずしもいいツールではないのでしょうね。若い人にとっては。それもストレスになってしまいます。
川上 けっこうそれで病んでストレスになってしまう人もいるのですよ。今の時代そうなのだと思います。
三邊 管理職の人に求められているのは、その人その人に合った、いろいろな誘い方をしないといけないということですね。
中川 本日は大変勉強になりました。産業医の有効性からストレスの解消方法、ストレスの感じ方など勉強させていただくことが多く、私も会社を運営していく上で人の管理の重要性を実感しました。今後もよろしくおねがいします。ありがとうございました。